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東京地方裁判所 昭和31年(行)24号 判決 1958年7月03日

原告 勧業経済株式会社破産管財人 円山田作 外二名

被告 京橋税務署長

訴訟代理人 真鍋薫 外五名

主文

被告が昭和三十年四月一日付で原告等に対してした、勧業経済株式会社が昭和二十八年八月から同年十一月までに支払つた匿名組合契約に基く利益の分配金に対する源泉徴収所得税として金六一、五一一、七八七円及び同加算税として金一五、三七七、五〇〇円を徴収する旨の決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張は、別紙のとおりである。

証拠<省略>

理由

勧業経済株式会社(以下破産会社と略称する。)が原告等主張の日に設立された原告等主張の事項を目的とする会社であつて、原告主張の日に当庁において破産を宣告せられ、同時に原告等三名がその破産管財人に選任せられたこと、被告が原告等主張の日に原告等に対し原告等主張の内容の源泉徴収所得税及び源泉徴収加算税を徴収する旨の決定をし、同日原告等に通知したこと、原告等がその主張の日に被告に対し右決定につき再調査の請求をしたが、被告は原告等主張の日に右再調査の請求を棄却し、その旨を原告等に通知したこと、原告等はその主張の日に東京国税局長に対し審査の請求をし、その請求の日から三箇月を経過したが、東京国税局長が審査の決定をしていないことはいずれも当事者間に争がない。

そして破産会社が設立以来破産宣告にいたるまでゴム製品の製造販売、観光事業旅館の経営の直営事業及び大同石油株式会社等に対する投資事業を行い(証人鈴木春一の証言によるとミシンの販売を行つていたことも認められる。)その事業に要する資金を仙台市、外六十四箇所に営業所、出張所を設け、投資或いは出資という言葉を用いて一般大衆から集めていたことは当事者間に争いがない。そこで破産会社が右の資金の提供者〔その性質が争点であるが以下便宜上いわゆる出資者という〕に支払つた金員〔同様の意味でこれをいわゆる配当という〕が所得税法第四十二条第三項に規定する匿名組合契約等に基く利益の分配に該るかどうかについて考えてみる。

(1)  原本の存在とその成立に争のない乙第一ないし第五号証の各一、二、第三十八ないし第六十三号証の各一、二、第六十四号証、第六十五ないし第七十一号証の各一、二、成立に争のない第六ないし第十八号証、第十九号証の一、二、第三十七号証、第七十四号証甲第三号証の一と、証人半沢日出雄、同西川清治、同早川智男、同高橋新一、同朝倉輝夫、同小森留蔵、同佐藤良雄、同福田源治、同石井七郎、同町田恒治、同笠原修一、同伊部武顕、同青木徳太郎、同藤井久雄、同上野孝吉、同松本信義、同山田松之助、同佐々直義、同川原友学、同大島明夫、同持木勇次郎、同山崎元、同井口弘永、同古畑光夫、同小池市郎、同北沢喜代治、同伊藤清、同鈴木春一の各証言を綜合すると、破産会社は、新聞広告、ラジオ放送、新聞の折込広告、ポスター、営業案内の頌布、職員の勧誘等の方法で、破産会社は企業投資会社〔エンタープライズインベストメントアンドコンパニー〕であつて旅客自動車事業、ゴム製品製造加工販売、国際貿易国内商事、観光事業及び旅館の経営、ミシンの製造販売並びに大同石油株式会社等に対する投資事業を営んでおり、これに要する資金を投資条件金額一万円以上、期間三箇月以上一年、配当確定率で月五分〔又は最高率〕期間中の払戻しは自由という約で投資を求めること、右投資は非常に有利かつ確実な利殖方法である旨を宣伝をし、一般大衆に対しいわゆる出資契約の中込の誘引をしたことが認められる。

(2)  右の誘引に応じいわゆる出資の申込があると、破産会社はその申込を承諾して、契約が成立し、いわゆる出資金を受領するのと引換えに後記の約束手形を交付したこと、破産会社といわゆる出資者との契約には一箇月毎に契約所定の割合のいわゆる配当を支払う単式と、期間中の一箇月毎のいわゆる配当額を元本に繰入れて複利計算をし、期間満了の際その元本と配当額の合計額を一括して支払う複式とがあつて、単式契約者には期間満了の日の属する月のいわゆる配当額をいわゆる出資金額に加算した金額を金額として期間満了の日を満期とした約束手形を、複式契約の出資者には複利計算して得られた元本といわゆる配当額の合計金額を金額とする(満期は単式の場合と同じ)約束手形を交付したことは当事者間に争がない。

被告は右約束手形は単に支払の決済のため証票としての意味しか持たず、有価証券性を有しないものであると主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はなく、却つて成立に争のない乙第二十四号証、第二十六、第二十七号証、甲第五号証の一ないし三、第九号証の一ないし十と証人半沢日出雄、同早川智男、同高橋静一、同朝倉輝夫、同小森留蔵、同佐々木権太郎、同雫石庄太郎、同佐藤良雄、同福田源治、同石井七郎、同町田恒治、同笠原修一、同長尾三男三、同松本信義、同山田松之助、同佐々直義、同中島権左衛門、同山崎元、同井口弘永、同古畑光夫、同小池一郎、同北沢喜代治、同早川静男、同伊藤清、同鈴木春一の各証言と本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えると、前記約束手形は破産会社が金員受領の証として振出した有効な約束手形であり〔もつとも成立に争のない乙第二十五号証の約束手形は金額が訂正されているが、証人鈴木春一の証言によると右手形は営業所の係員が破産会社の取扱い方法に反して訂正したものを誤まつて使用したことが認められるから右認定の妨げとはならない。〕し、破産会社もいわゆる出資者も双方とも契約期間満了後破産会社の事業に損失が生じたと否とを問わず金額欄記載の金額を支払うとの意思で右約束手形の授受がおこなわれたことが認められる。

次に被告はいわゆる配当率は破産会社が一方的に変更できるものであつたと主張する。証人小森留蔵の証言中には破産会社の利益の有無により右の率は引下げられるかも知れないと考えた旨の供述があるけれども、証人半沢日出雄、同西川清治、同雫石庄太郎、佐藤良雄、同福田源治、同石井七郎、同町田恒治、同伊部武顕、同青木徳太郎、同大島明夫、同持木勇次郎、同山崎元、同古畑光夫、同小池市郎、同北沢喜代治、同早川静男、同伊藤清、同鈴木春一の各証言によると、破産会社は破産宣告にいたるまで契約期間中のいわゆる配当率を一方的に引下げたことはないし、又破産会社もいわゆる出資者も右の率は月五分と確定しているものであると信じて契約をしていることが認められるから、前記証人小森留蔵の証言だけでは被告の右主張事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、破産会社と出資者との契約は、当事者である破産会社の事業から利益を生じたと否とを問わず毎月確定した月五分のいわゆる配当額を支払い(又はいわゆる出資額に加算し)、その事業の損失の有無にかかわらず、いわゆる出資金の全部を期間満了の日に返還するという内容のものであつたことになる。

(3)  ところで事業者の事業から利益を生ずると否とを問わず、毎月確定率の割合の金員を支払う旨の契約が、前記所得税法第四十二条第三項に規定する匿名組合契約等に該当するかどうかは問題である。右所得税法に規定する匿名組合契約等が「営業者が十人以上の匿名組合員と匿名組合を締結している場合の当該匿名組合契約、その他当事者の一方が相手方の事業のために出資をなし、相手方がその事業から生ずる利益を分配すべきことを約する契約で当該事業を行う者が十人以上の出資者と締結している場合の当該契約」(所得税法施行規則第一条)を意味することは所得税法第一条第二項第三号の規定から明らかである。しかして右施行規則第一条のその他以下に規定する契約(匿名組合契約に準ずる契約)の内容はその前段の匿名組合契約(商法第五百三十五条)と比較すると事業者の経営する事業が商法上の営業に限らず、従つて事業者が商人であることを要しないとしている以外は匿名組合契約と全く同一である。そして匿名組合契約においては出資を受けた営業者がその営業の成績によつて浮動する利益を分配することが要件とされており、この点において確定率の金員を支払う消費貸借上の利息の支払と区別されるものであるから確定率の金員を支払う旨の契約は右匿名組合契約に準ず契約にも該当しないとも考えられるのであるが、しかし資金の需要が大であるのに、一般大衆から消費寄託や消費貸借によつて資金を受入れることが禁止されている場合(いわゆる匿名組合方式による資金の受入れの方法が銀行法及び貸金業法等によつて一般大衆から消費寄託やそれに類似する方法で資金を受入れることを禁止されていたためにそれに代る資金の獲得の方法として考案されたものであることは公知の事実であり、証人林大造の証言によると、匿名組合契約等に基く利益の分配に対し源泉徴収義務を定めた所得税法第一条第二項第三号、第四十二条第三項の規定は、いわゆる匿名組合方式による資金の受入れが盛んにおこなわれていた昭和二十八年八月この方式に基いて支払われる利益の分配に対する課税の適正を図るため制定されたものであることが認められる。)には営業者は資金を受入れること自体に大きな利益を享けるのであるから、出資者に営業者の利益の有無を問わず、一定率の金員を利益の配当として分配することを約する契約(無名契約)を締結することは経済上ありうるわけであつて、それが、前記銀行法等の脱法行為として問題の生ずる余地はあつても法律上不可能とはいえないといわなければならない。従つて、単に予め確定した割合の金員を分配すると定めたということだけでは所得税法上の匿名組合契約等に該らないと解することはできない。そこで確定率の金員を分配することを約した契約が匿名組合契約等に該当するかどうかは結局いわゆる出資契約の当事者間において出資者が事業者の経営する事業にいわゆる隠れている営業者として参加する意思があるか、或いは単に出資者の提供したいわゆる出資金を利用させ、その対価として利息を受ける意思を持つにすぎないかという点について契約全体の趣旨から判斯しなければならない。契約の解釈にあたつて当該契約に使用された文言にのみ拘泥するのは正当といえないのであつて、このことは本件のいわゆる出資契約のように不特定多数の者との間に締結されたものである場合にも同様であつて、このような場合においても表示された契約全体から当事者の意思を惟測すべきことは勿論である。

(4)  破産会社がした契約の申込の誘引の方法については前記(1) で認定したとおりであつて、右事実によると破産会社はその営む前記事業のために出資を求め、出資者に利益の配当を約する契約の申込を誘引した観がないでもなく、又証人大島明夫の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第二十号証、同上十一号証、証人長尾三男三の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第二十二号証、証人山崎元の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第二十三号証、証人青木徳太郎の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第三十号、第三十一号証、証人鈴木春一の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第三十二号証ないし第三十六号証と証人小池市郎、同鈴木春一の証言によると、破産会社がいわゆる出資者から申込がある際提出を求めた申込書にも投資という文言が使われており、昭和二十七年頃には契約の証として投資契約書という表題の契約書を作成しており、破産会社の各営業所で作成していた精算書、出金伝票、支払予定表、振替伝票には支払配当金という文言が使われていたことが認められ、又証人笠原修一、同藤井久雄、同大島明夫の証言のなかには本件のいわゆる出資が銀行への預金或いは貸金とは異る投資である旨の供述部分があるが、前記で認定した破産会社ではいわゆる出資金と引換えに約束手形を交付していたこと、いわゆる出資契約が三箇月以上一年の比較的短期間であつた事実と、成立に争のない甲第三号証の二、第四号証の一ないし三、第七号証の一ないし三、第八号証、第十号証、証人鈴木春一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第十一号証の一ないし八、第十二号証の一ないし七と証人半沢日出雄、同早川智男、同高橋新一、同朝倉輝夫、同小森留蔵、同佐々木権太郎、同雫石庄太郎、同佐藤良雄、同福田源治、同石井七郎、同町田恒治、同笠原修一(但し前記の部分を除く)、同長尾三男三、同伊部武顕、同青木徳太郎、同藤井久雄(但し前記の部分を除く)、同松本信義、同山田松之助、同佐々直義、同川原友学、同大島明夫(但し前記の部分を除く)、同持木勇次郎、同山崎元、同井口弘永、同古畑光夫、同小池市郎、同北沢喜代治、同早川静男、同伊藤清、同鈴木春一の各証言と原告荻山虎雄本人尋問の結果を綜合すると、破産会社が契約申込の誘引に前記のような文言を使用したのは宣伝のために語調がよく、有利であるという理由で使用したものであり、法律的に検討したものではなく、精算書等もそれを踏襲して支払配当金としたものであるが、破産直前の営業案内では投資配当という文言を使うことをやめ、利息、元金と表示していること、いわゆる出資者にその事業を監督する権限を与えたり、営業決算書を提示したことはなく、その決算書類及び元帳等の帳簿にはいわゆる出資金は短期借入金又は借入金として、いわゆる配当金は支払利息として記載しており、いわゆる出資者と事業を共同にする意思はなく、単にその事業資金を組織的に借り入れる意思で契約をしたものであること、一方いわゆる出資者もその殆んどが一箇月五分という高率のいわゆる配当に専ら着目し、その法律的性資については考慮することなく、銀行に預けいれておくより利率が有利であると考えて契約を申込んだが、破産会社の事業内容については直接調査することはなく、せいぜい営業案内によつて破産会社の事業種目を知る程度で、それほど関心をもつておらず、その事業を監督する組織も意思もなく、任意に破産会社の営業状態を視察にいつた少数のいわゆる出資者がある程度で、その事業に参加する意思はなく、破産会社がいわゆる配当の支払を停止すると、いわゆる出資者の一部から破産の申立があり、前記のように破産が宣告せられたが、その殆んど全部のいわゆる出資者はその出資債権を貸金債権として届出て確定していることが認められる。これらの事実をあわせ考えると破産会社といわゆる出資者との契約が利益の配当を受けることを目的としていたとは断言できず、右契約によるいわゆる配当が所得税法第四十二条第三項に規定する匿名組合契約等に基く利益の配当として源泉徴収所得税の対象となるものとは解しがたい。(右の規定の立法の趣旨が前記のとおりであつても、税法の規定を拡張して解釈することはできない。)

そうしてみると破産者と出資者との契約を右匿名組合契約等に該当するとしてした被告の本件徴収決定はその他の点について判断するまでもなく違法であつて取消さるべきであるから、原告の本訴請求は理由があり、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 地京武人 井関浩)

(別紙)

一、請求の趣旨

(一) 被告が昭和三十年四月一日付で原告等に対してした勧業経済株式会社が昭和二十八年八月より同年十一月までに支払つた匿名組合契約に基く利益の分配金に対する源泉徴収所得税として金六一、五一一、七八七円及び源泉徴収加算税として金一五、三七七、五〇〇円を徴収する旨の決定はこれを取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告等の請求を棄却する。

三、請求原因事実として原告等の陳述した事実

(一) 勧業経済株式会社(以下破産会社という)は昭和二十六年五月二十六日、本店を東京都中央区銀座東八丁目四番地とし、一、国際貿易に関する業務、二、ゴム製品の製造加工販売に関する業務、三、鉱業に関する業務、四、国内観光事業及び旅館の経営、五、キヤバレー及びカフエーの経営、六、土木建築請負業、七、自動車の売買、八、右に附帯する一切の業務を目的として設立された資本金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であるが、昭和二十九年一月十四日東京地方裁判所において破産を宣告せられ、同時に原告等三名はその破産管財人に選任せられた。

(二) 被告は昭和三十年四月一日原告等に対し破産会社は昭和二十八年八月から十一月までの間に匿名組合契約に基く利益の分配として次表の月欄記載の月に同表支給金額欄記載の金額を支払つたとして同表本税額欄記載の金額の源泉徴収所得税及び同表加算税額欄記載の金額の源泉徴収加算税を徴収する旨の決定(以下これを本件徴収決定という)をし、その旨同日原告等に通知した。

月    支給金額 円      本税額 円     加算税額 円

八  八五、七五五、四二四 一七、一五一、〇八四  四、二八七、七五〇

九 一一〇、八〇五、七九五 二二、一六一、一五九  五、五四〇、二五〇

一〇 一〇三、五四四、一四六 二〇、七〇八、八二九  五、一七七、〇〇〇

一一   七、四五三、五七七  一、四九〇、七一五    三七二、五〇〇

合計             六一、五一一、七八七 一五、三七七、五〇〇

右決定に対し原告等は昭和三十年四月二十七日被告に再調査の請求をしたところ、同年六月二十一日被告はこれを棄却し翌二十二日その旨原告等に通知したので、原告等は同年七月十六日東京国税局長に対し審査の請求をしたが、その後三ヵ月を経過しても右東京国税局長は審査の決定をしない。

(三) しかし本件徴収決定は違法であるから取消さるべきである。即ち(1) 破産会社においては匿名組合契約又はこれに準ずる契約を締結したことはないし(2) 利益を配当した事実もないから、破産会社が匿名組合契約又はこれに準ずる契約に基く利益の配当をしたとしてなされた本件徴収決定は違法である。

四、請求原因事実に対する答弁及び主張として被告の陳述した事実

(一) 請求原因事実(一)(二)記載の事実は認めるが(三)記載の事実は争う。

(二) 本件徴収決定は適法である。

(1)  破産会社はその事業に要する資金の提供者たる出資者との間に投資契約を締結し、事業から得た収益を配当していた。

(イ) 破産会社は設立以来破産宣告に至るまでゴム製品の製造販売(立石工場)観光事業(熱海及び浅草における旅館静勧荘の経営)ミシンの製造販売、旅客運送事業(タクシー営業)及び大同石油株式会社外約十社に対する投資等の直営事業又は投資事業を営み、仙台市外六十四ヵ所に営業所、出張所を有していたが、これらの事業経営の資金は昭和二十八年八月当時には約一六、〇〇〇人の出資者からの投資を受けてこれに充てていた。

(ロ) 破産会社は出資者から投資を受けるに際しては次ぎのような方法によつて投資契約を締結した。

まず破産会社は出資者を募集するため、新聞広告、ラジオ放送、営業案内、投資案内の頌布、ポスターの貼布、会社職員の投資勧誘等一般公衆の知悉しうるような手段により、投資条件を、「投資金額一〇、〇〇〇円以上、投資期間三ヵ月以上、配当は最高率、事業内容は旅客運送事業、国際貿易事業、ゴム製品の製造販売、観光事業及びミシンの製造販売等」として広く一般から投資を求める趣旨を公示して申込の誘引を行う。

申込の誘引に応じて出資しようとする者は右の申込の誘引に示されたところに従い破産会社の営業資金として金員を出資しその営業から得られる収益の分配を受ける目的で申込をなし、破産会社がこれを承諾して申込の誘引に表示せられた内容と同旨の条件で単式或いは複式の投資契約が成立し、これとともに破産会社は出資金を受領し、単式投資契約においては投資期間満了日の属する月の配当額を投資額に加算した金額を手形金額とし、複式投資契約においては投資期間中の一ヵ月毎の配当額を投資額に繰入れて複利計算した額を投資額に加算した金額を手形金額として、満了日を満期とした約束手形を出資者に交付する。

(ハ) 破産会社においては右の方法のよつて得た資金をその直営事業の維持経営の費用又は投資事業にあて、この事業から得られる収益の分配として契約所定の割合の金員を出資に対する配当として単式投資契約者に対しては一ヵ月毎に(最後の月の分は前記約束手形により投資額の返還と同時に)複式投資契約者に対しては投資期間満了時に一括して配当した。

(三) この破産会社と出資者との契約方式は設立当初から破産宣告に至るまで略同一であつて、その間広告の文言等に多少の変化はあつたが投資契約の実質には変動がなかつた。

(ホ) ところで契約の解釈にあたつてはその当事者が当該契約に際してした表示行為を中心としてその内容を確定すべきものであることは多言を要しないが、特に破産会社の行つていたように不特定多数人に対して予め契約内容を表示して申込の誘引をなし、その出資者を募集している場合においては出資者は当然にこれと同一内容の契約を締結する効果意思をもつて申込を行うことが明らかに予測され、破産会社自らもその表示に拘束されこれに反する内容を有する契約のために承諾することはありえないから、かかる契約を解釈するについてはもつぱら申込の誘引に表示された文言を中心としてされなければならない。そうすると破産会社と出資者との契約は破産会社にあつては自己の営む各種事業の資金に充てることを目的として出資者を募つてその投資金円を自己に帰属させこれによつて事業を営み、その事業から得た収益を出資者に配当して分配するものであり、他方出資者においては破産会社の申込の誘引に表示せられた目的に対応して自己の金員を破産会社の経営する事業の用に供するため投資し、これによつて得た収益の分配として契約所定の割合による配当金を得ることを目的としていたものであることは明らかである。

(2)  右投資契約による利益の分配は所得税法第一条第二項第三号、同法施行規則第一条にいう「匿名組合契約及びこれに準ずる契約」に基く利益の分配に該る。

所得税法第一条第二項第三号同法施行規則第一条にいう匿名組合契約等に基く利益の分配とは商法上の匿名組合契約に基く利益の分配は勿論のこと広く経済上これと同視できるような形式をとり「当事者の一方が相手方の事業のために出資をなし相手方がその事業から生ずる利益を分配すべきことを約する契約」で、その事業者が十人以上の出資者と締結している場合の当該契約に基く利益の分配のすべてを包含し、換言するといわゆる匿名組合方式と称せられる金融形態をとり、もつぱら事業者が事業資金集積の手段として多数当事者から事業に対する出資を求め、これに対応する利益の分配として配当等の名目で金銭を支払うことを契約の要素とするすべての無名契約による利益の分配をも含むものと解さなければならない。

このことは同法改正(昭和二十八年法律第一七三号)の立法の趣旨及び経過から自ら明らかに覗われるところである。即ち戦後株主相互金融方式とともにいわゆる匿名組合契約方式と称せられる契約形態をとり高率配当を標榜して一般大衆から資金を集積する金融方法が急激に増加し、昭和二十八年頃にはこれらによつて吸収せられる資金の総額は約三〇〇億円に達するものと推定されるに至り、これに伴つてかかる出資による利益分配による所得を有する者もまた急激に増加し、これら出資者の個々についてその配分利益を所得として把握して課税することは、出資者又は事業者において往々その住所氏名等を偽る等の事情も加はつて極めて困難となり、課税負担の公平と適正を期することが容易に期待できない状況にあつたため、かかる匿名組合契約の形態をとるものについてはすべて「匿名組合契約等」としてこれに基く分配利益について支払者たる事業者に対して分配時に所得税の源泉徴収義務を課することとし同法を改正して所期の行政目的を達することとされたのである。したがつて同法所定の匿名組合契約に類似し又はこれに準ずる契約をとるすべてのものを包含するのであつて、前記破産会社が資金集積の方法としていた出資者との投資契約もこれに該当するものであるから、破産会社は所得税法第四十二条第三項により同法所定の源泉徴収義務を負担するものである。

(3)  破産会社においては昭和二十八年八月から十一月までの間に本件徴収決定(三の(二))のとおりの金額を出資者に支払つた。(ただし右金額は破産会社の沼田営業所外八ヵ所の取扱い分については帳簿書類が全く発見されず課税資料が得られなかつたので本件徴収処分からは除外されている。)

(4)  破産会社の収益の状況の如何にかかわらず出資者との投資契約に基く配当の支払は課税対象たる収益の分配である。

所得税法上「匿名組合契約及びこれに準ずる契約」に基く利益の分配が課税対象とし把握されるのは、出資者が自己の投資の対価として収受する金銭等の利益即ち所得であつて、事業の収益ではない。したがつて事業者が出資者から得た資金の使途利用方法を誤まり、ために収益を得られなかつたとしても、出資者に出資の対価として支払つた利益の分配は税法上は当然利益の分配と解すべきである。

本件において破産会社が自ら事業経営上の誤りを犯し、その集積した資金を利用して収益をあげることができないのに出資者に利益の配当をしていたとしても、該資金の所有権は破産会社に帰属しているのであるから、これを如何に使用するかは破産会社の全く自由に任される性質のものであつて、それは破産会社の内部の問題に過ぎず、出資者に対し投資契約所定の配当として利益配当と同視される利益を帰属させていた以上は、これを出資者に帰属する所得の面から把握して源泉徴収義務を課することは当然のことでなんら違法はない。

五、被告主張事実に対する答弁及び主張として原告等の陳述した事実

(一) 被告主張事実(二)(1) (イ)記載の事実中破産会社がゴム製品の製造販売、観光事業の直営事業及び投資事業を営み、(ミシンの製造販売及び旅客運送業を自ら営んだことはない)仙台市外六十四ヵ所にその営業所出張所を有していたこと、同(ロ)記載の事実中破産会社が投資或いは出資という言葉を使つて(その実体は借入れであること後記のとおり)申込の誘引をなし、資金提供者からの申込があると破産会社で承諾して単式、或いは複式の契約を締結する方法で資金を獲得したこと、同(ハ)記載の事実中破産会社が資金提供者から金員を受領すると同時に被告主張のような内容の約束手形を振出したこと、単式契約者には一ヵ月目毎に、複式契約者には契約期間満了時に一括して契約所定の割合の金員を支払つていたことはいずれも認めるが、被告主張の日に被告主張の金員の支払をしたことその他の事実及び法律上の見解はすべて争う。

(二) 破産会社とその資金提供者との間の契約は金銭消費貸借契約であつて匿名組合契約又はこれに準ずる契約ではない。

(1)  破産会社は借入の誘引をなし、貸付希望者から申込があると破産会社はこれを承諾して借入契約を締結する方法をとつていたことは大体被告主張のとおりであるが、その際貸主は出資の義務を負う契約を結んだのではなく、金銭貸付と同時に利息の支払を受ける契約を締結したのである。即ち貸主は貸付ける金円を破産会社へ交付すると同時に、破産会社は利息(配当という言葉を使うけれども実体は利息である)として貸付元金に対し月五分の割合による金員の支払いをする約定をし、契約期間(三ヵ月以上とする)経過後に元利金の支払いをするものとし、その支払確保のため破産会社は貸主に約束手形及び支払明細書を交付していた。利息の支払方法は単式と複式とで異つていて、契約期間が三ヵ月である場合を例にとると、単式の場合は月五分の割合の利息は借入れた翌月の応当日に第一回を翌々月の応当日に第二回分を、それぞれ前記支払明細書添付の受領票と引換えに支払い、三ヵ月目の五分の割合の利息は元金に加算した額の金額の約束手形を三ヵ月目の応当日に決済することによつて元金とともに支払われる仕組みであり、三ヵ月以上の契約期間のものも右と同様に取扱われていた。一方複式の場合は利息は契約期間満了の日まで据置き一ヵ月毎に利息を元金に繰入れて複利計算を行い、契約期間の三ヵ月目の応当日を満期とし右計算方法によつて算出された利息額に元本額を合算した金額の約束手形を満期に決済して元利金を一時に支払う方法をとつていた。そしてこれらの約束手形の支払場所は破産会社の各地営業所とされており、利息の支払いもその営業所でなされていた。又右借入契約については単式及び複式とも借入金額は一〇、〇〇〇円以上、借入期間は三ヵ月以上という条件を付した以外には、他になんらの条件もなかつたので、貸主は約束手形の満期に決済を受けて、その後の貸付をやめるか、利息だけ受取つて元金を引き続き貸付けるか、或いは元利とも引き続き貸付けるかは貸主の自由であつた。従つてこのような態様の契約は法律的にみると金銭消費貸借契約の類型に属すること疑いを容れない。

(2)  所得税法及び同法施行規則の匿名組合契約とは「営業者が十人以上の匿名組合員と匿名組合契約を締結している場合の当該組合契約」(施行規則第一条)をいうのであつて十人以上の匿名組合員を擁することを除くと、他の契約要件は商法の匿名組合契約は「当事者の一方が相手方の営業のために出資をなし、その営業より生ずる利益を分配すべきことを約するに因りてその効力を生ずる」(商法第五三五条)契約であつて、匿名組合員は一面営業者に出資する義務を負い、他面営業者の営業上生じた利益の分配を請求する権利(同法第五三八条)と営業者の業務執行を監督する権利(同法第五四二条第一五三条)を有するものである。しかるに破産会社の貸主は出資の義務を負担するものではなく、出資するかどうかは随意であり且つ業務監督の権利などは全然なく単に約定利息の支払請求権を有するに過ぎない。

(3)  所得税法及び同法施行規則にいう匿名組合契約に準ずる契約とは「当事者の一方が相手方の事業のために出資をなし、相手方がその事業から生ずる利益を分配すべきことを約する契約で当該事業を行う者が十人以上の出資者と締結している場合の当該契約」(施行規則第一条)とされている。従つて右契約が成立するためには(イ)当事者の一方が相手方の事業のために出資をなすこと、(ロ)相手方がその事業から生ずる利益を分配すること、(ハ)出資者が十人以上あることを要件としているが、破産会社と貸主との関係をあてはめてみると(イ)及び(ハ)の要件は充足しているが(ロ)の要件は全く欠けているのである。即ち相手方がその事業から生ずる利益を分配すべきこととの要件を更に分解すると(イ)相手方が事業を行つていること、(ロ)その事業から利益を生ずること(ハ)その利益を分配することを必要とするが、破産会社が事業会社であつて当時事業を行つていたことは事実であるが、元来破産会社は事業を誇大に宣伝して借入金を全国より多数集めていたが、その事業の当初より欠損を生ずる状態であつて、借入金の利息の支払いは新たな借入金をもつてあてるような有様で、昭和二十八年夏頃からは倒産寸前であつて、利益を生ずるが如きことは思いもよらぬ有様であつた。それ故全国約四〇、〇〇〇余人の貸主に対する利息は前記約束手形金額に利息を加算して書換えた約束手形を債権者に交付して当座を糊塗してきた次第で、現実に支払つたのは途中解約等極めて僅少の場合に止まり、これも前記のとおり新たな借入金をもつて支払ういわゆるマラソン金融による自殺的支払いであつた。そういう状況であつたから昭和二十八年十月二十六日には全国的に支払を停止して間もなく債権者多数より破産の申立を受け破産の宣告を受けたが、破産債権者は全国で約四〇、八〇〇人その債権額の合計は二、八四〇、〇〇〇万円に及ぶのに資産は二億円にすぎない。かかる実情からみても昭和二十八年八月から十一月まで破産会社がその事業から利益をあげていたとは到底いいえないし、破産会社がこれを分配することできないものであつた。

(4)  前記のとおり破産会社及び貸主はいずれも匿名組合契約或いはこれに準ずる契約を締結する効果意思を有しておらず、貸付は金を貸付けて約定の利息の支払を受ける意思で破産会社は金員を借受けて利息を支払う意思で、契約を締結したものであるから、その両者の法律上の性質は純然たる金銭消費貸借契約であるといわなければならない。

このことは破産会社の破産申立事件において、破産裁判所も右両者の関係を消費貸借契約であると認定したうえ破産会社に対し破産を宣告し該宣告は既に確定しているのみならず、破産債権も消費貸借契約に基く債権であるとして届出られ、その債権表も確定し該債権表に基き配当も一部実施せられている事実からみても明らかである。

(三) 仮りに破産会社と貸主との関係が消費貸借契約でなくて匿名組合契約又はこれに類似する契約あるとしても、次の理由により源泉徴収の対象とならない。即ち前記のとおり破産会社は昭和二十八年十月二六日各地営業所全部が支払を停止し、昭和二十九年一月十四日破産の宣告を受けたが、これより先昭和二十八年夏頃には利益は全然なく経営は全く困難となり、利益の分配は不可能となつた。しかし配当の支払を止めれば倒産を早めることになるので破産会社において破産寸前の無理をおして配当していた。本件徴収決定の対象となつた支払金はすべてこれに属する。この利益の配当は名は配当の支払としてなされているけれども、その実体は出資金自体を喰いつぶして該出資金の利息の支払いにあてた結果なのであつて、換言すると出資金自体の払戻しであつて、利益の配当として出資者の所得となるべき性質のものではない。

六、 原告等主張事実に対する答弁

(一) 原告等主張の事実及び法律上の見解はすべて争う。

(二) 原告等は出資者は破産会社に対し出資義務を負わず金銭貸付と同時に利息の支払を受ける契約を締結したと主張する(五の(二)(1) )けれども、前記のとおり破産会社と出資者とは投資契約を締結しているのであつて、この契約により出資者が出資義務を負担することは当然であり、出資金を現実に交付したときに契約が成立するものではないのである。仮りに投資契約のみによつては出資者が出資の義務を負わないものとしても、所得税法上の匿名組合等の契約のなかにはこのような場合を包含していること前記のとおりであり、本件処分の対象となつた利益の分配は、すべて出資者より現実に出資金額の交付があつたものについてのみなされているのであるから、所得税法上は課税の対象となるのは当然である。

破産会社が約束手形を振出したのは、単に支払決済のための証票としての意味でなされたのに過ぎず、右約束手形は有価証券性を有しないものであつて、現実の元利金の支払は全く別個に行われており、又契約成立の際に約定された配当率は破産会社において一方的に変更しうる性質のものであつた。(昭和二十八年十月頃破産会社は一方的に約定の配当率を月五分から月一分位に引下げた事実はこのことを物語るものである。)従つて約束手形を振出したから消費貸借であるということはできないのみならず、特約なくして約定利率を債務者の一方的に変更しうるが如きことが、消費貸借の契約の本質に反しているものである。

(三) 又仮りに破産裁判所が破産会社と出資者との契約を消費貸借契約と認定したとしても((二)(4) )、課税は所得の実質に即してなされなければならないものであるから、本件契約を匿名組合契約及びこれに準ずる契約と認定する妨げとならない。

(四) 原告等は、本件課税の対象となつた配当金はすべて出資金自体の払戻しであると主張する((三))けれどもこの主張は誤りである。即ち出資金自体の払戻しであるならば、支払に際してその旨を出資者に明らかにしなければならないのは勿論、会社経理上もこのような取扱いをしなければならないとともにこれにより出資者に対する出資金返還債務は減少し、他方契約所定の配当金債務にはなんら変更をきたさない筈である。しかるに破産会社と投資者との間にはなんらこのような取扱いはされておらず、依然として出資元金の返還債務は残存し配当金返還債務は減少しているのであるから、この間に支払われた金員が投資契約所定の利益配当であることはいうまでもない。

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